【TCG全般】TCGにおける根本原理を考える記事+冷静さを取り戻した上で書くHSスタンを引退する理由の提示

正直HSへの未練はタラッタラだけど、運営の意向が違う以上俺も卒業しなければいけない。
似たような思いをしている方々へのエールになってくれれば幸いです。

※ほんのちょっと追記

 

そもそもTCGとは、名前にもあるとおりゲームである。
そもそもゲームとはなんなのか…そんな定義からの話になるが、
wikipediaにこんな興味深い一文がある。

ゲームとは目的を達成する為のルールに基づいた敵との楽しい闘い

JUNZOという方が定義するゲームのあり方とのことだが、「楽しい闘い」、という部分に見惚れた。
世間一般的には勝負事や遊びとして扱われるゲームという単語だが、自分の思いもしなかった見方もあるのだなと実感させられる。


さて、唐突だが2011年6月20日TCG界隈において一大事件が起こる。
MTGのスタンダードにおいて
「精神を刻む者、ジェイス」と「石鍛冶の神秘家」が禁止カードに指定された。
当時俺は遊戯王勢だったので、MTGはその名前とデュエマと似てる程度の知識しか無かったのだが、
そんな人物であった俺にさえMTGスタンで禁止カードが出たという話が入ってくる程度には一大事件であったと認識している。
(まあ神ジェイスの1万円札って呼ばれ方の方が印象強かったけど)
WotCの当時の声明(参考)は最近知った物だが、俺はこれを読んで心を打たれた。
以下引用。

 スタンダードは非常に相互作用的で技量を試される環境になっているから禁止の必要はない、という意見がインターネット上で散見されます。
(中略)

本当にプレイヤーたちがこの技量の必要な1種類のデッキからなるメタゲームを受け入れているのかを知ろうと思いました。最終的な目的は、プレイヤーを楽しませることです。多くのプレイヤーが楽しんでいるのなら、デッキリストの数字だけを見て慌てて措置する必要などないのです。

 しかし、公式なクレームは、プロツアー予選や新たなるファイレクシアのゲームデーの参加者数にはっきりと現れてきました。フライデー・ナイト・マジックにもかげりが見えていました。もはや無視することは出来ません。人々がマジックをプレイしたくないなら、私たちは修正しなければならないのです。

(中略)
 私たちはどの形式であれ、カードを軽々に禁止することはありません。特にスタンダードでは禁止などしたくないのです。それは私たちがひどい過ちを犯したことを認めるのと同等の行為ですし、私たちの商品に対する皆さんの信頼を傷つけることだからです。人々は大量の時間とお金を費やし、イベントに持って行くデッキに必要なカードを集めたのですから、それを使えなくなるとなれば大打撃です。


禁止カードを作ること、その罪の重さを理解した上で、
「楽しんでいるという声もあるが、楽しめていないというプレイヤーの方が圧倒的に多くなっている」
「最終的な目的は、(恐らく多くの)プレイヤーを楽しませること」
という理由から禁止カードを2枚作るという英断。
素晴らしい以外の言葉が出てこない。
こちらも参考程度に、ジェイスの話も読んでみると更に上記の言葉がズッシリと刺さる。


俺は1プレイヤーとして今一度定義する必要があると考える。
そもそもプレイヤーはゲームというサービスを受ける「消費者」だ。
俺のようなプロではないプレイヤーなら特にね。

消費者は生産者の商品を買う。買って消費する。
が、そこには選択肢がある。
例えば1000円で食事をするとしよう。
消費者には「和食」「洋食」「中華」等といった選択肢がある。
では和食を選んでみよう。今度は「和食の種類」に多くの選択肢がある。様々な和食の中から、今度は「そば」を選択してみよう。
すると今度は「どこで食べるか」にも選択肢がある。「麺の量が多い店」「麺がおいしい店」「トッピングの種類が豊富で楽しい店」なんかが具体例。消費者はこの中のどの店を選んでもいい。自分の好みに合わせて好きな店で好きなように好きな食事を行うことができる。
しかし消費者は決して「量も少ないし美味しくない店」には行きたがらない。生産者は、前者のような消費者を満足させる店にならないといけない。
決定権が消費者にある以上、消費活動において圧倒的に有利なのは消費者だ。どんなサービスを受けるかの意思選択の権利がある以上、絶対的に消費者が有利な立ち位置にいることになる。

ではゲームにおける消費活動では何が重要視されるか?
当然のことながら「楽しさ」が一番重要だと思う。
そしてもう一つが、「将来性」。もし仮に一時的に楽しさや信用を損なったとしても、納得の行く姿勢や誠実な対応を見せられればプレイヤーの流出を防ぐことは(恐らく)簡単なことなのだと思う。これは先程のMTGスタンでの禁止カード制定の話でも然りだ。*1

シャドウバースのプレイヤー数が右肩下がりなグラフを描いたのは、
バハ後期~WLD当時、楽しさ、将来性のどちらも欠けていたからなのではと考える。
プレイヤーに対する不誠実さは将来性にも当てはまると定義すると、遊戯王からプレイヤーが離れことも納得の行く例として出すことができる。
この両者に当てはまるのは、
「最終的な目標がプレイヤーから如何に金を巻き上げるか」に見えてしまう浅ましさも含まれていると考える。
つまるところ、ユーザーライクでない運営体制が招いた自滅であると唱える。


さて、ここからはHSの話。
俺がHSに求めていたのは
①プレイング≧デッキ選択>運 の関係性である環境。
②スタン落ちしても全部砕かず一生使い続けてやると宣言してもいい、ユニーク且つオンリーワンな効果を持つカード。

①に関しては散々言い続けたので今回は②について掘り下げる。
俺がHSを触り始めたきっかけは些細な物だったのだが、ここまでやりたいと思わせてくれたカードが旧神当初には多数存在した。
それらは全てユニ―クでオンリーワン。代替ができるカードが出てくるなんて今でも思っていない。そんなカード達だ。
丁度いいので、俺の大好きなイカれたメンバーを紹介するぜ!!

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この3枚のカードはファンデッキからガチデッキまで出張し、俺が思うHSの顔的存在になっていた。
他で代替が効くなんて一切思えない。しかも中立。
作ろうと思えばどのヒーローでも採用できる、夢とロマンの塊のようなカードだ。
俺はこのカードが大好きで大好きで仕方が無かった。
ネタデッキを作る時には「どんなイタズラを仕込んでやろうか」とニヤニヤしながら考えていたし、ラダーの対戦でも「どうすれば彼らを活かしてやれるだろうか」と必死に悩んでいた。
上記は小規模拡張のカード群だが、勿論、クラシック(基本セット)だけでも大好きなカードは沢山ある。
語ると長くなるので名前だけ挙げると、
デス様、マリゴス、アレクストラーザ、ブラッドメイジサルノス、マナワーム、シャドウステップ、プレップ、鬼軍曹、終末予言者、苦痛の司祭、アルガスの守護者、トワイライトドレイク、ドゥームガード、リロイジェンキンス、破滅に至る病、捻じれし冥界、無貌の操り手、ジャラ様、イセラ、ティリオン、アラキア、グロマッシュ、サバンナハイメインともう挙げるとキリがない。
そして殿堂入りすると告知が出たラグナロス、シルヴァナス、アジュアドレイクとの別れは本当に辛かった。それほど大好きなカードだった。
続く拡張であるワンナイトinカラザン、仁義なきガジェッツァンでもオンリーワンなカード達が多く投入された。
(長くなるのでカード名は省かせて頂こうと思う)
俺は間違いなく新規に刷られるカードに期待を抱いていた。
「次の拡張ではどんなカードがプレイできるのだろう」と心を躍らせていた。

が、実は…俺はウンゴロ以降ではときめくカードが少ないと感じていた。
まあウンゴロはまだマシで、ジャングルエリーズとパイロス、プテロダックス、シェラジンはまあまあ好きなんだけど、
騎士団以降は本当に何にもパッと出てくるユニークなミニオンがいない。
シンドラゴサとか今までの傾向からすると好きそうな部類のカードに入りそうなんだけどなぜかときめかない。まあこんなのは俺の嗜好の話だけどさ。
多分原因はパワーカードが増えたからなんだろうなと思ってる。
何より期待していたリッチキングはどうしても好きになれなかった。支配的すぎるこのカードは、8コストの選択肢を大きく歪めた。せめて挑発が無ければ愛着はあったのかなと思うけど。
そして、環境は加速しすぎて好きなカードをうまく使うことよりもパワーカードを使うことが正義となりすぎた。
選択肢が、無言で究極の侵蝕を打つのが正義となった。
これは本当に面白いのだろうか、ユニークなカードを言っていいのだろうかと疑問符を打ち始めたのはこの頃からだったと記憶している。
今までのような、1枚で使っても組み合わせて使っても面白くなるカードよりも、単体で完結しすぎているカードが強すぎて好きになれというのは俄然無理な話だったんだろうなと。

さて、「プレイの楽しさ」は過去記事について何度も言及しており、(少なくとも俺の中では)危ぶまれていた。
そして、上記の通り「カードプレビューへの楽しさ、プレイした時のカードへの愛着」も失われてしまった。
この楽しさが失われるということは「将来への期待感」=「将来性」が失われるということでもあった。
それでも、今までの対応を見るにユーザーの期待には応えてきたという過去が、何かあれば動くだろうと確信する要素として存在していた。
当時はプレイしていなかったが、アンダーテイカ―、ウォーソングの武将はナーフされて当然なカードだったと思うし、ヨグ様とタスカー、ちんけなバッカーニア、広がり行く虫害のナーフ等のユーザーの期待に応えて来た過去があったからだ。
ナーフ以外にも、問題が残りはしたがヒロイック酒場を導入してくれたことも忘れていない。
つまり、まだ将来性の崩壊は首の皮一枚で残っていた。まだどこかで楽しませてくれるんじゃないかという期待は残っていたのだ。
さて、前回の記事だ。

 

tcgiroiro.hateblo.jp

 

事の流れは
①ViciousSyndicateが警笛を鳴らす。
②この警笛に賛同するプレイヤーが多数おり、反響を得た。
③ブリザードのトップの一人もこれに反応した。
④が、結果として行われたナーフが納得の行くものではなかった。
これが上の特大太文字の文章の通りには行かないのだなと確信をくれたきっかけとなった。
俺の中でHSというゲームがシャドウバース、遊戯王と並んだ瞬間となったのだ。
まあ金を巻き上げようとしてるとは言わないけど、補填したくないという意思は垣間見える。
そして、少なくともユーザーライクでないことは明白
ユーザーライクならば、ケレセス、クエストローグ、奇数ウォリアーがナーフされない理由は間違いなく語ってくれただろう。
他を放置してマナワームをナーフした理由ももっと詳しく語ってくれただろう。
無いならば、俺にはブリザードがユーザーを見ていない、ユーザーライクでないと判断するしかない。
HSというゲームは俺にとって、楽しめず、将来性も無くなったゲームとなった。追いかける要素はどこにも無くなってしまったのだ。
というわけでの引退だ。
俺は自分のこの意思決定に後悔は無いと宣言する。



TCGとは、ゲームである。
ゲームとは目的を達成する為のルールに基づいた敵との楽しい闘いである。
何が楽しいかを決めるのは意思決定権のある消費者の特権だ。
今これを読んでいる人へ、後悔のしない意思決定をして欲しいと思う。






…………さて余ったamazonコインどうしようかなぁ。
ドラクエ5でも買おうかな。



*1:実際、「最終的な目標はプレイヤーを楽しませること」なんて言われたら俺なら離れられねえよ。